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南相馬市を視察して ~震災から約2年半後の現状~

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防災の日でもある9月1日、訓練生の希望者で福島県の南相馬市を視察してきました。
南相馬市はニュースで名前を聞いた方も多いのではないでしょうか。

○はじめに
視察を通じて感じたことは下記2点です。
・震災はまだ終わっていない
・日本の原発再稼働は本当に正しいのか?また、原発の輸出を日本が行うべきなのか?

震災から約2年半経ちましたが、まだまだ復興の途中であるという印象でした。
福島の復興に対して、私にできることはとても限られていると思います。
ただ、自分の目で見た現状を皆さんに伝えることならできる。
もっと知って欲しいと思って本記事を書きました。

撮影した写真とともに、現状を紹介したいと思います。
いたずらに、震災の話をしようとしているわけではないという点をご承知おきいただければと思います。

○視察した場所
飯館村(車で通過)、南相馬市の3つの地域(小高区、鹿島区、原町区)

○飯館村
訓練所のある二本松市から南相馬市に行く途中で、飯館村を通過しました。
飯館村は帰宅困難地域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されています。
(地域によって指定区域が異なる。平成25年8月8日時点 経済産業省HP

20130808map_s.jpg
(経済産業省HPより)

お土産屋や休憩場の様な施設は開いていませんでした。
南相馬に続く国道脇には随分と畑が多かったのですが、見たところ作物が作られていませんでした。
雑草がものすごく生えているわけではないが、畑の管理はされていない感じ。

原発の影響で、作物を作っても売れないし、
帰宅困難地域等に指定にされているので管理ができないということなのでしょうか・・・。

□飯館村における農作物の生産状況
調べたところ、農林水産省のHPに色々と基準などが記載されていました。
現状、試験栽培などを行い安全が確認された場合のみ、
作付や作物の販売が可能ということの様です。
ただ、HPを見ると、元に戻るためにはまだまだ時間がかかりそうです。
農林水産省 米生産について

◆より関心のある方へ
大まかに言うと、飯館村の作付状況は下記の2つになっているようです。
・帰宅困難区域→25年産稲の作付制限
  放射性セシウム含有量が100Bq/kgを超える米が生産されないよう、
  基準を超える可能性のある地域では作付制限を行っている。
  26年以降の作付に関しては、避難区域の状況や試験結果を踏まえて決定。
・避難指示解除準備区域など→25年産米の作付再開準備区域
  今後1,2年程度で作付再開を目指す地域。
  住民の帰還や農地の除染等の状況に応じて管理計画を策定し、
  作付栽培に向けた実証栽培を実施する。
南相馬市 農作物の作付に関する情報

○南相馬市
南相馬市は一部が帰宅困難地域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されていますが、
何の指定もされていない地域もあります。
なので、南相馬市に入ったあたりで、窓からの風景に生活感が出てきました。
一部、畑での栽培もされており、道を走る車も多く、スーパーなどの施設も開いていました。

IMG_2446.jpg
ちょっと分かりづらいのですが、奥の方はごみが積んだままになっています。
ガイドさんによると、津波が来た後そのままになっているとのことでした。

・みちのく鹿島球場
IMG_2459.jpg
この球場は、避難所だったが津波で被災したところです。
18mを超える津波が襲ってきて、避難してきた人を飲み込んでいったそうです。

IMG_2449.jpg

IMG_2455.jpg

IMG_2457.jpg
球場内は草がボウボウ。窓ガラス等も割れたまま。
浸水していた高さのシミが残っているなど、津波の被害の跡が生々しく残っていました。

球場から海の方向を見ると、一面草や畑です。
今の風景を見ると、18mもの津波が襲って来ただなんて信じられません。

IMG_2466.jpg
火力発電所が近くにありました。
震災後、火力発電、風力発電にシフトしていっているとのことです。

・海辺へ移動
IMG_2465.jpg
津波で流された橋。津波の威力を物語っています。

IMG_2467.jpg
津波が発生した海
しばらくは砂浜がなかったのが、ようやく砂が戻ってきたとのことです。

IMG_2472.jpg

IMG_2470.jpg

IMG_2471.jpg
道の脇に、ごみ、車、がれきなどが分別されて置いてありました。
同じような場所がいくつかありました。

IMG_2473.jpg
新しく波を止めるやつを作っているとのことです。

津波で損傷した家がまだ修復されていなかったり、
ガードレールが流されたまま置いてある場所もありました。

・ガイドさんの話
ガイドをしてくれた方は南相馬生まれ。
南相馬に残って復興のために何とかしないと町がだめになってしまうと感じているそうです。
南相馬市には小高区、鹿島区、原町区の3つの地域があり、
仮設住宅など地区間で協力しあっているとのこと。

案内していただいた小高区は、原発から10キロから20キロの間。
今年の4月16日までは全く家に帰ることができなかった。
ライフラインが整っていないため、夜に滞在してはいけないが、昼間は帰れるようになったそうです。

○感じたこと
・震災はまだ終わっていない
前回のブログで書いたことでもあります。
東日本大震災について感じたこと
メディアには原発ことばかりが取り上げられるけれど、震災はまだまだ終わっていない。
以前と同じ暮らしに戻りたくても戻れない人がたくさんいることを知りました。

・日本の原発再稼働は本当に正しいのか?また、原発の輸出を日本が行うべきなのか?
詳しくはないので、あくまでも個人的な感想になってしまいますが、「本当にいいのか?」と思いました。
電力供給量や、海外への貢献などを考えると、正しいことなのかもしれません。
ただ、原発のせいで被害を受けている人が数多くいる中で、
100%安全だといえないことをしていいのでしょうか?

安倍総理のオリンピック誘致のスピーチが高く評価されています。
ただ、福島の原発に対して安全だと世界に言い切ったことは、本当に評価できるのでしょうか?
この部分の発言に関しては、現実を無視した、
誘致のためのパフォーマンスと私は感じました。
たぶん、南相馬に行っていなければ、こんな感情は抱かなかったと思います。

日本国民一人ひとりが、知るべきことを知る。
震災に対してやるべきことがある人は、やるべきことをやる。
まだまだ長い時間がかかると思いますが、他人事として捉えるのでなく、
向き合い続けることが必要なのだと感じました。

マラウイでも福島のことは聞かれると思います。
見たこと、感じたこと、復興に向けて懸命に努力を続けている人たちがいること。
しっかりと伝えてこようと思います。

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